いくちゃんとナバ採りの朝

 


朝。
 
 
 


「おはよう。いくちゃあん、『ナバ』採りん、行くたい」


 

じいちゃんから声がかかる。
 


ぷわぷわと見えない眠気の泡を立てながら、育子も寝ぼけた目をくるくるさせる。



「な、ば。 おはよう。 なぁ、ば〜?」
 

 

どうやら育子のはじめてちゃんは、「ナバ」採りになりそうだ。

 

「ナバ」、というのは、「しいたけ」のこと。
 

 

段になったみかん畑の奥、うっそうとした林の中に丸木があって、その裏側にふよふよと、しいたけがなっている。
 
 

私はもうこのナバを、朝もやのなかで何百回と採りに行ったし、行くときはいつも、セブンスターの匂いがする(今はマイルドセブンかな)じいちゃんの背中が目の前にあった。
 
 

「まだ、朝はやかよ〜」
 


育子は目を白黒させる。辺りではぷちんぷちんと眠気の弾ける音が聞こえてきそう。
  

それでもグレーのジャンパーの袖をつかんで、トプトプとスリッパを鳴らして畑にむかう、曾祖父とひ孫。
 
 

いってらっしゃい。
そして見て、触れておいで。
 
 

朝もやの畑の石垣を。
煙草の匂いのひいちゃんを。
冷んやりとした丸木になっている、大きな茶色いナバの感触を。