いくちゃんと短いおはなし その3
まもの、って人々は彼のことを呼んだんだ。
まものはその名前があんまり良くないことは分かってたし、
せいくんやいくちゃんみたいに、お母さんお父さんがとくべつ!だからってつけてくれた名前ではないことも知っていたよ。
それでもまものは嬉しかった。
だって、それまでは
「どすぐろくて、とってもあぶなっかしいやつ」
とか、
「こきゅうをあわすとたちまち食らいついてくるぞ」
とか、
本のなかの怖い一行みたいに、毎回ちがうふうにして呼ばれてたからさ。
(それだってわるぎのなかったことさ。
まっくろだったのは、どぶ川に飛び込んで、せいくんの長靴を拾ってあげたときだし、
食らいつこうなんてのはとんでもない勘違いで、友だち3人、「だるまさんが転んだ」やってただけなんだ)
みんなに怖がられてたけど、そのことでまものはメソメソしたり、怒ったりはしなかった。
せいくん、いくちゃんがいたから。友だちがいたからね。
ある朝、川でまものは顔を洗おうとしてた。石けんがなくて、おろおろしてた。
それもそのはず。はりがねみたいな寝ぐせのついた髪の毛にささってたんだから。
それをみて二人は、こいつはにくめないやつだって気づいたのさ。
まものはからだがおっきくて生まれつき、まあ人間とはちがう「しゅうせい」もあるから、みんなは近づくまいとしてた。
ここんとこ街でおこる火事も、火を吹くあいつのせいだとか言われてるし、雨がふらないのは、あいつが空に「のろい」をかけてるからだとかも言われてる。
名前のときとおんなじだよ。
ひとは分からないものとか、怖いなと思うものには、やたらめったらなものがたりを付けたがるもんさ。
思い込みってやつは、犬だって怪物にしちまうし、鳥のチュンチュンって鳴き声にだって意味をもたせようとする。
まったくやっかいなもんだ。
晴れた夕方。
まものは原っぱで友だち二人と別れて、山のふもとの家へ帰ろうとしてた。
すると、、
いたんだよ。
右手に小さなたいまつをもった、怪しい男が。
これは、思い込みなんかじゃないぜ。
そいつは、今まさに肉屋さんの倉庫に、火をつけようとしてた。
ローストポークのお家をつくってみたいとか、そんなメルヘンチックな理由じゃないさ。
とっさにまものは飛び出して、
男のたいまつにむかって、今度は本当のことだ、たちまち「食らいついた」。
あとになって、やつは火食い鳥だったんだ、とか酒場でやんやと噂されたけど、「しゅうせい」のことはどうだっていいことだ。
もんだいは、ここのところ続く火事さわぎの原因をつきとめるため、狩人が待ちかまえてたってこと。
ところがやっこさん、うっかり居眠りしちまって、気がついたときにはありがちな間の悪さ、まものが飛びついた後だったってわけ。
この後のことは知っているだろう?
「みじかいたいまつは まものにたべられた」って、例のはなしさ。
「狩人と魔物の話」。
狩人は、間違った相手に弓矢をひきしぼったのさ。
もう一回言うぜ。
ひとは分からないものとか、怖いなと思うものには、やたらめったらなものがたりを付けたがる。
それは、ほんとうに厄介なことだ。
だけど、せいくんやいくちゃんがそうだったように、ちゃんと怖がらないで、分からないものを見つめていれば、本当のすがたや心ってやつは見えてくるもんさ。
どうしても太陽がしずむこと。
雨がふること。
生きものが、うっかり間違えてしまうこと。
ひとつひとつに、きちんと名前をつけてやることが大事なんだよ。
名前がついたら、それに音符をつけてやるとなお楽しいかもな。
さあ、もうスヤスヤの時間だ。
このおじさんのことは忘れちまっていいぜ。
おやすみ小さなおじょうさん。