いくちゃんと穴ぼこのテフテフ

ちょうちょが飛んでいた。


♪ちょうちょ、ちょうちょ、なになにとまれ〜


すこし間違いながら歌うムスメ。
ぶんぶんと先ほど摘んできた猫じゃらしを降る。

ちょっと飛躍して、

『ちょうちょはねえ、昔のひとは、「てふてふ」って書いたんだよー』と教えると、


「テフテフ〜?なんで?なんでテフテフちゃん、二回っこ言うんですか、てふ、てふって。

いくこ、言わないよ、イクイクってさ。一回っこだよ?」


「ちょうちょ」だって「ちょうちょう」なんだよ、二回っこだよ、、と説明しようと思ったけどやーめた。
 


それじゃあけっきょくのところ、娘の不思議に答えてはやれないから。



子どもの考えることは、穴ぼこだらけ。

けれども穴ぼこの少ない大人だって、分からないことを上手によけているだけなのかもしれない。

そうやって丁寧に子どもにつき合って、穴ぼこの不思議の、答えを一緒に探すほうがずっとずっと、楽しい。



ちょうちょう、なーんで二回繰り返すんだろ?






 
 

いくちゃんともんもみるき

♪てぃんくぱっど てぃんくぱっど

 ぶぅ むぅ わー

 しゃららんじっと とららんじっと

 めけめけ おっこったー

 ぶーがーる ぶーがーる

 ももみるき もんもみるき〜



・・・という歌を、帰宅したら育子と歌ってみようと思って、出先の事務所でぼそぼそと創作。


一人のときを見計らって呟いていたのだが、折り悪く戻ってきた人が。


「もんも、、みるき・・?」

オフィス机を挟んで見つめあう私たち。

いやまったく、冷や汗。



♪いぶかしがっとる いぶかしがっとる


 もんもみるき〜(のことを〜)

 

 

 
 

いくちゃんと隠れたスイスイ


 
 

どっち?


「ひだりて。」


ぶぶぶー。みぎて。


「え〜っ!?なんでなんでなんでーよーっ!」



ピノ(ファミリーサイズ、小袋入り)をどちらかの手に隠して、あたったらお口にイン。ゲーム。


 
アイスが隠された私の手の隙間を、
んぎぎと目を小さくして見つめたり、

手の甲におでこをつけて、
「こっちが、でこちゃんよりつめたい」

と検討をつけたりする育子。



でも、ぶぶぶー。みぎて。



「たぶんね、ピノはねえ、ひだりてにいたのよ?
 みぎてにねえ、お引っ越ししたんだと、思うんだ。」



でもでも、ぶぶぶー。




「なんでなんでなんでーよっ!」


世の中、甘いばっかやおまへんで。たまにはスイスイ〜っと。





 
 

いくちゃんと羽のつぶつぶ

 
 
  


育子は絵を描いているとき、たまにむつかしい顔をしていることがある。

あまりにもスケッチブックとの距離が近い。

そんなに近いと、目が悪くなるよっ!

とたしなめてみると、こっちをきっと睨んでから



「もーね。いっしょうけんめいじゃなきゃ、ダメなのよー?

 羽のつぶつぶ、きれいにかかなきゃなのに!」



羽のつぶつぶ、というのは、文字で説明しづらいけれど、ほら、魚の場合だとウロコを表現するときに描く、あれです。

 

「せっかくの天使がにげちゃうでしょ?三時までに帰れないと、飛べなくなるのよー!?」
 


絵のなかに何を閉じ込めたのか、それからどこへ帰してあげるのか。


ほうっておいても物語ははじまって、いつでも娘はいっしょうけんめいに手助けをする。


 
 

おやつの後もう一度のぞいてみると、羽のつぶつぶはきれいな山なりを続けていて、
はみ出したさきの女の子のニコニコ顔とつながっていた。


美味しいティラミスを食べて、娘は満足そうな寝顔。


 
 



いくちゃんと全力のきもち


新潟から、一路東京へ。

案の定というか、星の定めというか、育子、やはり帰りたがらない。

愛するものが増えるということは、ひどく人間を悩ませることなのかもしれない。

そのことに、私はだいぶん鈍くなった。 


「センセのぉ、とぉこお。」

 




別れたくない気持ちは、言葉にならなくて。

小ちゃくてこの世界を、私なんかより全力で受け止めている。



暮らすということは涙。

こぼすということは月日。

いくちゃんとインコのヘッチェ

 

 

 


「ボス!ボ〜ス〜〜!!」

とか、


「ヘルちゃん!へーるちゃんはどこに居るん!?」

とか、


動物だらけの先生の家では、連日迷子の捜索願いが飛び交う。


ボスはブテッとした三毛の猫。ヘルはインコです。
みんな名前がいかつい・・


しかしインコまで放し飼いにするとは。
家の娘くらい手がつけられなさそう。


「ヘッチェ! ヘッチェ!」


娘が奇妙な呼び名でインコを呼ぶ。

これ、勝手な名前で呼んでもこないだろう・・

と思っていたら、これには理由がありました。


チグはチグリス。ユーちゃんはユーフラテス。

ボスはボスニア


省略するくらいなら、もうすこし短い名前にしてあげたら・・?


、と、まあ、それはよそ様のお家事情。ひとまず、よござんしょ。



とりあえず、帰っておいで。

いかついインコの、ヘルツェゴビナ




 

 
 

いくちゃんと短いおはなし その3


まもの、って人々は彼のことを呼んだんだ。


まものはその名前があんまり良くないことは分かってたし、
せいくんやいくちゃんみたいに、お母さんお父さんがとくべつ!だからってつけてくれた名前ではないことも知っていたよ。


それでもまものは嬉しかった。

だって、それまでは


「どすぐろくて、とってもあぶなっかしいやつ」

とか、


「こきゅうをあわすとたちまち食らいついてくるぞ」

とか、


本のなかの怖い一行みたいに、毎回ちがうふうにして呼ばれてたからさ。
(それだってわるぎのなかったことさ。 
 まっくろだったのは、どぶ川に飛び込んで、せいくんの長靴を拾ってあげたときだし、
 食らいつこうなんてのはとんでもない勘違いで、友だち3人、「だるまさんが転んだ」やってただけなんだ)




みんなに怖がられてたけど、そのことでまものはメソメソしたり、怒ったりはしなかった。


せいくん、いくちゃんがいたから。友だちがいたからね。

ある朝、川でまものは顔を洗おうとしてた。石けんがなくて、おろおろしてた。

それもそのはず。はりがねみたいな寝ぐせのついた髪の毛にささってたんだから。

それをみて二人は、こいつはにくめないやつだって気づいたのさ。


まものはからだがおっきくて生まれつき、まあ人間とはちがう「しゅうせい」もあるから、みんなは近づくまいとしてた。

ここんとこ街でおこる火事も、火を吹くあいつのせいだとか言われてるし、雨がふらないのは、あいつが空に「のろい」をかけてるからだとかも言われてる。


名前のときとおんなじだよ。


ひとは分からないものとか、怖いなと思うものには、やたらめったらなものがたりを付けたがるもんさ。

思い込みってやつは、犬だって怪物にしちまうし、鳥のチュンチュンって鳴き声にだって意味をもたせようとする。

まったくやっかいなもんだ。




晴れた夕方。

まものは原っぱで友だち二人と別れて、山のふもとの家へ帰ろうとしてた。

すると、、


いたんだよ。
右手に小さなたいまつをもった、怪しい男が。
これは、思い込みなんかじゃないぜ。


そいつは、今まさに肉屋さんの倉庫に、火をつけようとしてた。

ローストポークのお家をつくってみたいとか、そんなメルヘンチックな理由じゃないさ。

とっさにまものは飛び出して、

男のたいまつにむかって、今度は本当のことだ、たちまち「食らいついた」。

あとになって、やつは火食い鳥だったんだ、とか酒場でやんやと噂されたけど、「しゅうせい」のことはどうだっていいことだ。


もんだいは、ここのところ続く火事さわぎの原因をつきとめるため、狩人が待ちかまえてたってこと。


ところがやっこさん、うっかり居眠りしちまって、気がついたときにはありがちな間の悪さ、まものが飛びついた後だったってわけ。


この後のことは知っているだろう?

「みじかいたいまつは まものにたべられた」って、例のはなしさ。

「狩人と魔物の話」。

狩人は、間違った相手に弓矢をひきしぼったのさ。




もう一回言うぜ。


ひとは分からないものとか、怖いなと思うものには、やたらめったらなものがたりを付けたがる。


それは、ほんとうに厄介なことだ。


だけど、せいくんやいくちゃんがそうだったように、ちゃんと怖がらないで、分からないものを見つめていれば、本当のすがたや心ってやつは見えてくるもんさ。


どうしても太陽がしずむこと。

雨がふること。

生きものが、うっかり間違えてしまうこと。




ひとつひとつに、きちんと名前をつけてやることが大事なんだよ。

名前がついたら、それに音符をつけてやるとなお楽しいかもな。



さあ、もうスヤスヤの時間だ。

このおじさんのことは忘れちまっていいぜ。

おやすみ小さなおじょうさん。